撮影中にも打ち合わせを進める二人。左が中山さん、右が青山さん
『SUGE Lamp』
菅が編まれる前の竹の骨組み。様々な試作品たち
制作時には笠と電球のバランスも何度も調整が重ねられた
菅の染色も中山さん自身が行う
青山さんの転機となったドローン軽トラ『TsumuTsumu』(イメージ)
CADによるシミュレーション
菅。稲のように田んぼで栽培する
SNSに直接連絡がきて購入された『菅笠照明』の一作目は京町家に設えられている
独特なカサの曲線と色ガラスが生み出すかたちの妙、吸い込まれるような美しい縫い目。国の伝統的工芸品である「越中福岡の菅笠」から、デザイン性の高い照明器具が生まれました。制作は高岡在住の菅笠作家・中山煌雲さんと、ダイハツの社員でありながらデザインスタジオを主宰する青山尚史さんの協業によるもの。ミラノサローネへの出展を念頭に、作品をどのように社会へ訴求していくか、現在進行形で様々な方法論が検討されています。
手仕事と自動車産業、両極のバックグラウンドを持つお二人。出会いと協業のきっかけ、工芸が持つ社会的意義など、制作にまつわる様々なお話をうかがいました。
職人の名前が出せないなんておかしい
— お二人の出会いについて教えてください。
【青山】
中山さんと出会ったのは高岡での飲み会でした。僕は違う仕事で高岡に来ていて、ちょうどその日色々なクリエイターが集まっていたので、せっかくなら一緒に飲もうとなって。高岡では職人さんや地元企業の社長さんがそこらへんの飲み屋で飲んでいて、外の人間も自然に受け入れてもらえる感があるんですよね。
で、その時に、中山さんがある有名ブランドのコレクションラインの制作を担当してたことを知って、衝撃を受けたんです。というのも、どこにも中山さんの名前が出ていなかったから。出せないんですよ。めちゃくちゃ腹立たしくて、こんな技術があるのに知られなきゃもったいない、なんか一緒につくろ!って、その場で決めました。人柄もいいし、この人とやりたいなって。
僕はイタリアでデザインの勉強をしましたが、イタリアでは職人はアルティザンとして尊敬されていて、車づくりでも同様に一番偉いのはペインターという職人です。今回のように、尊敬されるべき人が名前を隠されてるって異常な事態じゃないですか。
ブランドの側だってもったいないですよね。職人や産地を伝えたほうが自分たちの価値も高まるのに。そういったところも今後は変わっていくと思います。
— 中山さんはどうして菅笠作家になったんですか?
【中山】
僕はもともと高岡が地元で、祖母が菅笠をつくっていたので、小さい頃から菅笠には馴染みがありました。僕は津軽三味線芸人として舞台に立つ仕事もしてるんですが、たまたま菅笠職人の後継者がいないとメディアが騒いでた時期があったんですね。それで芸能の仕事の空き時間に、後継者育成の講座に行ったのがきっかけです。3年間修行して、独立してさらに3年くらい経ったところですね。
手応えといったら、手応えしかなくて。どんどん絞り出して発表していくと、何かしらの反応をいただける。それを絶やしたくない、というのが現在ですね。
地方の疲弊を知って意識が変わった
— ダイハツの社員でありながら、ご自身のデザインスタジオもお持ちである、青山さんの経歴は。
【青山】
いろいろなことをやっていて、自分でもよくわかんないですけど笑。
日本の美大とイタリアの大学院大学(ドムスアカデミー)で学んでからダイハツに入社し、それとは別に自分のデザインユニットを立ち上げて、トヨタのヨーロッパスタジオで2年修行して戻ってきました。晴れて副業を許してもらい、自分のデザインスタジオを立ち上げたのが昨年、というところです。
もともとデザイナーとして車のデザインをバリバリやっていたんですが、2019東京モーターショー向けに「ドローン軽トラ」をつくったところから人生が変わりました。
リサーチのため、部下が地方に住み込むことがあり、そこで農林水産業、地方がすごく疲弊してることがわかりました。農家さんは、新車の軽トラなんか求めていない、会社のスタンスがズレているんじゃないかと気づきました。必要なのは産業の六次化の手伝いや、ドローンでの農薬散布を適えるとか、そういうところだと。
今はデザイン部所属ではなく新規事業戦略室で、自動車業界におけるMAAS(Mobility as a Service )という領域で、モビリティを軸に地域を豊かにするサービスをつくること、地方に寄り添って何かするみたいなことをやっています。
ドローンを使った農業支援や、軽トラをつかった移動オフィス、荷台でワーケーションしながらキャンプもできる軽トラなどSUZUKIと組んでやることもあるので、SUZUKIにも部下がいるんですよ。
中山さんとやってるのは、今人(イマジン)ていうデザインユニットのチャンネルです。今人ではミラノサローネでずっと作品発表をしていて、2016年にはキビソという素材を使ったものでアワードをいただきました。素材自体に価値を見出してのものづくりは魅力的なので、そういう意味でも菅に興味を持って。
ダイハツでは地域活性をやっていて、今人でもそういうベクトルに向いてきていますね。
CADを操るチャレンジブルな職人
— 実際に協業が動き始めて、印象的だったことはありますか?
【青山】
まず驚いたのは、車づくりは粘土をスキャンして形をデータで管理してコンピュータを使ってつくるものですが、中山さんも意外とデータを使っていたこと。お会いする前は、紙型のようなもっとアナログな方法なのかなと思ったら、CADで図面を引いてて。それがすごく新鮮で、職人のイメージがひっくり返りましたね。
【中山】
デザイン性の高いものをつくろうとなると手で合わせるには限界があるので、CADは菅笠のために勉強しました。
最終的には型が必要になりますが、試作段階で全て型を起こしていると間に合わないんです。たとえばブランドからあがってくるスケッチをすべてサンプルつくってやりなおして…なんていうのは手間が膨大すぎて非現実的です。そこがCADだとシミュレーション段階で確認ができる。ただCADに縛られると「CADでできること」を考えてしまうので、あくまでもツールでしかないって意識も重要ですが。
【青山】
デザイナーの視点でみておもしろいのは、中山さんは凄くチャレンジャブルなんですよね。伝統産業の職人さんは、一般的には、やったことないことを嫌がる方が多いんじゃないかな。
【中山】
やったことないことをやるのがおもしろいんですよ。やってはじめて技術的な壁に当たるんだけど、そこで考えることでまた技術が蓄積されていく。もちろん辛いこともありますけど、根本にあるのは「おもしろい」ですね。おもしろくないことはできないです。
青山さんは、仕事はクリエイティブなんだけど、人としていい意味でイカれてるんですよね。僕はそこに惚れ込んだというか。あとは大きい組織を動かしてるから、組織としてやらないといけないこと、物をつくる順番、段取りがプロ中のプロであるところが、とても勉強になります。
【青山】
確かに手工芸のプリミティブな部分と、一番複雑な工業デザインと、お互いの領域は真逆ですよね。ただ中山さんは、手工芸だけどデジタルで抑えるような効率化もされてる。あと、車はつくったデータ通りにものができてくるけど、中山さんとはやり取しながら形ができてくるのがおもしろいですね。誤差が出ても、これはこれでいいよね、となったりとか。
【中山】
誤差が出る、それがかえって良い発見になることがあります。もちろん全然ダメなときもありますが。
なるべく個性を殺すようにつくるんだけど、それでもにじみ出るものがある。個性を出そうとするんじゃなくて、ないようにしたいけどにじみ出てしまうもの、職人の仕事ってそういうものかなと思いますね。
— 今後の展開はどのように考えていますか?青山さんと中山さんの共同開発された作品を手に取ったり、購入したりすることはできるのでしょうか。
【青山】
現段階で3種類つくったところで、さらに大手素材メーカーと組んだ新展開を準備しているところです。
今できているものも、まだ一般販売はしていません。ただ、商品としてカタログをつくって出すようなものではないですね。工房ツアーのなかで購入できたり、それこそ菅から栽培している中山さんならではの価値として、田植えから体験してもらうとか、全体感を伝えることやコンセプトメイクが重要だと思っています。
菅のような素材が1年でできあがるサーキュレーションマテリアルって、そもそもがSDGsなんですよ。菅の遺伝子が昔から繋がってることもおもしろいし、高岡に来てもらっての体験価値もすごくある。僕は海外に持っていくつもりですが、今は新型コロナウィルスの影響で展示会の開催可否など先が読みにくいところもありますね。
【中山】
この照明は既に購入された方がいるんですが、その方はSNSで見て直接連絡をくださったんです。そういう方法論でもいいんだろうと思っています。なので、僕はとにかく発表し続けていきたいなと。どういったところに届けていくかのイメージも二人で話して、固まってきています。
【青山】
知り合いを富山に連れてきて一緒に工房を巡ると、みんなすごく感銘を受けて、そこでつくられているものを購入されます。産地と、どういう人を結びつけるかで絶対に何かが変わるから、ダイハツのチャンネルでもやっていきたい。
今の日本は消費社会で、スクラップアンドビルド、ファストファッションで溢れてしまっているけど、いずれ変わると思っていて。
高岡でつくったものが海外で売れるのが今の商流だけど、ほんとうは地産地消で、地域のものが地域でつくられて、地域で長く使われて、何年後かに朽ちたら、そこにあるマテリアルで再生産する、そういう時代にまたしていかないといけない。そのときのために、ものも方法論も磨いておきたいんです。
アートだったら時代を超える普遍性を目指すのかもしれないけど、僕らのやることはそれとはまた少し違う。工業製品でもアートでもない「工芸」の領域だからこそできること、やっていかないといけないことが、僕らがやっていることの意味だと思います。
中山 煌雲(なかやま こううん)
高岡民芸(株)代表。2015年に修業開始、2018年に菅笠製作技術保持者として認定。修業時代から盛んに作品を発表し、高岡クラフトコンペティション、高岡市民美術展など受賞。ロエベクラフトプライズ等にも出展。ドール用の菅笠、菅笠を応用したスピーカーなど、枠にとらわれない発想で菅笠の領域を広げる作家活動に邁進している。https://takaokamingei.co.jp/
青山 尚史(あおやま なおふみ)
ダイハツ工業株式会社コーポレート統括本部新規事業戦略室Communityデザイナー。今人- imajine -代表 。愛知県生まれ。2002年名古屋市立大学芸術工学部を卒業。ドムスアカデミーサマーセッション修了後、2004年に名古屋市立大学大学院芸術工学研究科を卒業し、ダイハツ工業デザイン部に入社。2009年デザインユニット今人 imagine設立。その後Toyota Europe Design Development を経て、2013年にダイハツに帰任。ミラノサローネサテリテ特別賞、East Design Show 銀賞など受賞歴多数。