鋳物メーカーとエレクトロニカの出会い
鋳物工場の見学をしたことはありますか?
金属の焼ける匂いと熱、黙々と作業する職人の皆さんの姿。そして奏でられる音は、金属を溶かす炉の音だったり、金属を削る音だったり、砂の音だったり多種多様で、ときにリズミカルです。その現場の空気・熱気や呼吸音のような音を、音楽という形で「表現」できないか。
(株)能作の能作千春さんは、こう話します。「能作本社工場は2017年5月に新社屋に移転しました。それまで高岡銅器団地で稼働しつづけた旧工場(1977〜2017年)は、50年以上の歴史があり、その思い出を形にして残したいという思いがありました。映像、画像などもいいですが、他にはない形で、工場の職人が奏でる金属音や砂の落ちる音といったものを残すということにチャレンジしたかったのです」。
その思いに応えたのが、暖かみのある電子音とギターなどのバンドサウンドを融合させメロディックな音楽をつくりだすエレクトロニカ+ポストロックバンド「smoug(スマウグ)」です。能作の旧社屋の工場の音声を、移転前の2016年11月に録音し、独自のエレクトロニック・ミュージックに昇華させ、新社屋1周年の2018年5月に「CAST」というアルバムをリリースしました。
工場の音と音楽が自然に融け合う曲づくり
smougはもともと富山在住の2人、曲作り担当の若杉空士さんと、今回の企画のきっかけを作ったギター担当の山内晃一さんが2006年に始めたバンドです。今は5人のメンバーが富山・東京・広島にそれぞれ住み、活動を続けています。2013年に1stアルバムを出して以降メンバーが徐々に増え、2013年には三菱電機のTVCMに楽曲を提供したり、様々なフェスに出演するなど、活躍しています。
若杉さんは高岡市在住。今回のように楽器以外の音、環境音を使って曲作りをするのは初めての試みだったそうです。
「工場音楽、インダストリアルという、工場の機械音を中心に使った音楽のジャンルもあるんです。でもそれだとちょっとマニアックになってしまって。今回は、音楽としても工場の音としても楽しめるものを目指しました」。
「映画は視覚的な要素と音があって成立しますが、今回は工場の音だけを取り出して音楽を創る企画。視覚的な動きにあわせて音が鳴っているという見せ方ができないので、録音した後、持ち帰った音だけを聴きながら悩みました。どうしたら、工場に立ち入って感じた空気感、臨場感を音から想起させられるか。それがもっとも難しかったですね」。
そう話す若杉さんがもっともおすすめする曲は、「CAST」の最初の曲「Clementine」だそうです。工場に入ってすぐマイクを回した、そのリアルタイムの1分間が曲の冒頭に使われています。工場の音から始まり、徐々に音楽が融合していく構成。若杉さんが音で再現したかった工場の雰囲気・臨場感に、聴く人を溶け込ませてくれる、聞き応えのあるオープニングになっています。
このほか、工場の打撃音からインスピレーションを受けたエレクトリックビートが印象的な「Montana」、様々な表情の旧工場の音をリズミカルに構築し都会的な新社屋へのイメージをつなげた「Ripley」、無数の風鈴の音から始まり、ピアノの連続音がシネマティックに変化していく「Travis」など・・・。あるときは聴く人にそっと寄り添い、あるときは音世界に埋没させてくれる9つの物語は、どれも工場の音と音楽が見事にマッチしています。
新社屋1周年のタイミングで「CAST」がリリースされたとき、記念イベントにあわせてsmougも新社屋でライブを行う機会がありました。昼には外の芝生で、夜は稼働を一休みする鋳物場で。当時を振り返って、若杉さんはこう話します。
「このときは3人でライブに参加したんですが、シンセサイザーとパソコンの電子音に合わせてギターで生演奏をする形式でした。夜の鋳物場でのライブに来てくれた方からは、実際工場は動いていないのに『音にあわせて工場が動き出したかのような感覚で聞こえた』といった感想もいただきましたね」。
「CAST」の楽曲は、今も能作のカフェで毎日流れているほか、2019年に始まった新サービス「錫婚式(※)」など、様々な機会で流されています。
いろんなジャンルとのコラボに挑戦したい
このプロジェクトを振り返り、能作千春さんも「鋳物と音楽って結構マッチするなと思いました」と話します。
「チャレンジ精神を持って、ものづくりだけでなくいろいろ発信していく、というのをスローガンにしているのですが、今回のような音楽とのコラボレーションでも、smougファン、音楽ファンといった新しい層に能作のチャレンジを知っていただくことができますし、大きな可能性を秘めていると感じます」。
数年前から、「ストーリー消費」といった言葉や、「モノからコトへ」といった議論を多く見かけるようになりましたが、千春さんが実感するのは、モノ・コト・ヒトのつながりをつくることで、結局はモノ自体に大きな価値が生まれるということ。
「モノの背景にあるコトや心の部分を伝える産業観光の延長で錫婚式というサービスを始めましたが、そのプランニングに携わっていて実感することです。先日挙式を挙げた方の場合はお花のコスモスがとても好きな方で、それをテーマにプランニングをさせていただいたところ、コスモスをモチーフにした当社製品を実際に購入された、という事例もあります。記憶の中では“コト”ですが、形として残されるのは“モノ”なんですよね」。
コトとモノをもっとつなぎたい!という思いから、これからも今まで関わったことのなかったジャンルとのコラボレーションに挑戦していきたい、と話していただきました。
高岡のものづくりや技術との意外なコラボから生まれる、独自性の高いプロジェクト。次はあなたのアイディアの出番かも?いつでもあなたの提案をお待ちしています!
※能作が提供する錫婚式の詳細はこちらから。 https://www.nousaku.co.jp/bridal/