高岡銅器の工房で実現した、
金属から生まれる彩をまとうジュエリー

着色工房モメンタムファクトリー・Oriiと
女性職人・堀内茉莉乃さんの挑戦

モメンタムファクトリー・Orii の折井社長と堀内茉莉乃さん

堀内さんが考案したiriséシリーズのなかでも、色のグラデーションを施したピアスは特に人気が高い

iriséシリーズで久々に出す新作。着色を手がけるなかで見出した、真鍮の結晶の美しさを商品に

多岐にわたるコラボレーションの一例。2019年に誕生した「ORII FABRICS」は、折井社長が独自に銅や真鍮に施してきた着色の色彩と柄を布に印刷し、その色合いを独立した価値として高めている。写真の商品はマスク

2021年1月には工房の敷地に新しいショールームがオープン。 クラフト商品や表札、建築建材のほか他企業とのコラボレーション商品も随時紹介・展示販売される

400年以上の歴史をもつ高岡銅器が誇る伝統技術のひとつ、「着色」。色を着ける、と書くので、初めて耳にする方は、塗装のように他から色を持ってくることをイメージするかもしれません。

そうではなく、この「着色」の技術とは、薬品、自然物などと技法を様々に組み合わせることによって、薬品や自然物と金属との化学反応により、茶褐色や青緑、黒、朱色など、色や文様など彩り豊かな表現を金属から引き出す技術です。

高岡銅器の着色工房のひとつであるモメンタムファクトリー・Orii(以下Orii)は、この伝統技術を受け継ぎながらもさらに進化させ、独自の技術・商品開発によって新たな価値を発信しつづけています。また、近年は多くのクリエイターや企業とも、積極的に協働しているのが特徴です。

そして、県外からも熱意のある若者が自然とOriiに集まり、新たな時代の伝統産業の担い手として活躍しています。

今回はそのうちの1人である堀内茉莉乃さん(東京都出身)と、折井社長のお2人にお話を伺いました。

 

中学生のころから金属に興味があった堀内さん

 

堀内さんはOriiで着色職人として働く傍ら、金工作家としても活動しています。もともと造形が好きだった堀内さんですが、高校受験の時点ですでに金工を学びたいと考えていたそう。

「きっかけはおそらく、中学校の美術で銅板レリーフのお皿を作ったことだと思います。それで金属が面白そう、というので高校で金工を学ぶコースに進んだところ、まんまとはまりました(笑)。

そして、もっと金属の基礎を深掘りしたいと選んだ京都の専門学校がたまたま伝統工芸に特化していて、手作業でいろいろなものを作るうちに、着色に興味を持ったんです」(堀内)。

先述のように、「着色」は人が色を乗せるのではなく、金属から色を引き出す技術。その、人がすべてをコントロールできない奥の深さに魅せられたものの、京都では着色に詳しい人が周りにいなかったのだそうです。それで、もっとこの技術を知ってみたい・・・と探し出したのがOriiでした。

それが、2015年のこと。

当時について、折井さんは次のように話します。

「突然メールをもらったんですよ。2月の頭、彼女の卒業間際に。よく学生の工場見学も受け入れているので、そのうちの誰かかな?と思ったら、まだ来たことがないと。それで2週間後に面接をしたんですが、会った瞬間に、がんばってくれそう、と思って。その場で内定を出しました」(折井)。

そして堀内さんはメールの約1ヶ月半後には高岡に移住し、新たな生活をスタートさせたのです。

「当社の場合、堀内さんのように向こうからアプローチがあって自然と人が増えて来たんですけど、不思議なもので、その度ごとに仕事も増えて、経営が成り立っているんですよね」(折井)。

 

 

ものづくりの道を究めようとする若者や作家の卵が入社

 

堀内さんに限らず、県外からIターンでOriiに入社したスタッフたちは、既に卒業したスタッフも含めて、作家活動を並行したり、高岡市伝統工芸産業人材養成スクール(https://www.suncenter.co.jp/takaoka/info/school.html)に通ったりと、ものづくりの道を究めようとしている方ばかりなのだそう。

「当社は、作家さんたちも活動ができるようにお手伝いができたらいいなと思っているんですよ。美術・工芸系の大学を出ても、大学で培ったことを発揮できる職場ってなかなかないんです。丁稚奉公のような形で、10年くらい低い給料で下積みを続けるか、就職せずにアルバイトをしながら作家活動を貫くか、全く違う仕事でサラリーマンになるか、というパターンがほとんど。

だから、当社はその中間でありたいという思いがあります。会社の仕事をちゃんとこなした上で、余力で作品を世に出したいのであれば、そこは容認、応援しています」(折井)。

堀内さんも、「私は勉強を続けたいという気持ちで入社したので、そういう意味でも身になるし、作家活動にも活かせるし、自分にあった職場だなと思います」と話します。

 

若い感性で業界を元気に、売れ筋商品の開発も

 

折井社長が若手の自由なものづくりを応援するのには、他にも大きな理由があります。

「12、3年前、僕らの高岡銅器産業は衰退の一途をたどっていました。息子は後継しようとしないし、むしろ親も家業を辞めようとしているところが多かった。それを変えていきたかったんです。

新しいことをやっていくには、若い人の力は絶対に必要だと思います。特に美術・工芸系の人たちは、ガッツも、ものづくりに対する思いもあるだろうから、そういう人たちを育てたい、と」(折井)。

人材の採用以外に、業界や社業に新しい風を吹かせるために不定期で行っているのが、社長を含めて社内のスタッフ全員が商品を考案し、実際に試作してみるという試み。その試みで考案された時計“colorfultimes(カラフルタイムス)” (https://www.mf-orii.co.jp/products/detail/5)は、今も売れ筋の1つとなっています。

堀内さんが入社した2015年にもこの試みが実施され、堀内さんが考案したのはirisé(イリゼ)というジュエリーブランドでした。

 

北陸暮らしで見出した美しい現象をジュエリーに映す

 

折井社長が若手の自由なものづくりを応援するのには、他にも大きな理由があります。

irisé(イリゼ)とはフランス語で「光彩、虹」という意味を持つ言葉。豊かな自然に囲まれた北陸での暮らしのなかで見出した美しさを、色で表現し、色を全面に見せるデザインにしたいという思いから生まれたジュエリーでした。

「当時まだ入社したばかりでできることも限られるなかで、小さいけど価値が高く、手の込んだものを作りたいと思いました」(堀内)。

着色をしてから形を作るのではなく、金属を成形したあとに着色を施すので、小さいからこそ、かえって難しいチャレンジとなった作品。

このiriséシリーズはその後も少しずつ改良を重ね、今もOriiのオンラインストアで販売されています。

なお、全員で商品開発にチャレンジする試みは、2020年(取材時)も数年ぶりに実施しています。堀内さんもiriséシリーズで新商品を考案。その1つが、真鍮を鋳造するときに見られる結晶の模様を生かしたピアス(サイドの画像上から3枚目)です。

「金属感を損なわずに仕上げ、使う方に経年変化を楽しんでもらいたいと思って作りました。

この結晶は鋳物ならではの模様です。出そうと思えば出せる模様ですが、ここに着目して商品化されているものは他にはあまりなくて、結晶が見えないように仕上げられていることがほとんどなんです。

こういった、職人が当たり前と思っていて埋もれているような、美しいものを掘り起こしていきたいなと思っています」(堀内)。

 

 

異業種とも対等な立場で新しい価値と仕事を共創したい

 

「うちの業界の人たちにもよく言っているんです。ともかく異業種と新しいことをしない限り、絶対にヒット商品は出ないよ、と」(折井)。

その言葉の通りOriiでは常にトライアルも含めて様々な企業やクリエイターと協働を重ねてきました。

最近では、Oriiが銅・真鍮の上に生み出してきた数々の美しい色・柄を、北陸唯一のウイスキー「三郎丸」の商品パッケージにしたり、布に写して「ORII FABRICS」として発表したり。

2020年には福井県鯖江市の眼鏡・越前漆器と協働したバングルウォッチを制作。このプロジェクトはクラウドファンディングを活用し、開始から2週間で200%、最終的に466%の達成率を記録しました。(https://www.makuake.com/project/tokidute02/

「いろんな人とコラボしていますが、お互いがそれぞれ新しいお客さんを獲得することで、売れるようになればいいなと思っているんですよ。ネタ作り、話題作りにもなりますし。コラボによって新しい仕事が生まれていく、ということができたらいいなと、常日頃思っています」(折井)。

そうしてコラボするなかでも大切にしていることは「対等の立場でやる」ということ。

折井さんが家業を継いだ当時はバブル崩壊後で、日本経済の流れが変わり始めたころ。高岡銅器の衰退を目のあたりにし、伝統産業を廃れさせないためには、問屋の下請けとして職人が仕事を受託するような、これまでの産業構造のみに捉われず、「職人自らが商品を開発し、自分で単価を決める」ということの必要性を強く感じたことが背景にありました。

「新しい人とコラボして、これまでに値段がなかったものを作らないとだめ、ということなんです」(折井)。

その上で、伝統産業とのコラボを考えている方には次のようなことをお願いしたい、と折井さんは話します。

「最近は、サステナブルという言葉のもとで伝統工芸や手仕事を見直す動きがありますが、それをトレンドとして表面的な情報を扱うのではなく、自分でちゃんと実感・体験したり、現場で本当に携わっている人に話を聴いたりしてから扱ってほしいと思います。

僕が生み出したオリジナルの着色も、新商品も、検証を重ねながら少しずつ実績を積み重ねていったもの。

現場でのそういったリサーチや時間の積み重ねを通じてこそ、本当に新しい価値は確立していくのだと思います」(折井)。

 

 

有限会社モメンタムファクトリー・Orii

昭和25年に折井着色所として創業以来、高岡銅器がもつ伝統技法の1つ、銅器着色の技術をもとに、仏像、梵鐘、茶道具や美術工芸品に至るまで、さまざまな鋳造品の着色を手がけてきた。現在はその技術を発展させ、独自の技法を確立することにより、食器、インテリア、エクステリア建材の分野でも、新しい色の世界を提案する商品を開発。多種多様なブランドとのコラボレーションも積極的に展開し、ものづくりの可能性を広げ続けている。
https://www.mf-orii.co.jp/

 

堀内茉莉乃

1993年東京生まれ。京都伝統工芸大学校卒業後、2015年に(有)モメンタムファクトリー・Orii入社。日々伝統的な銅器着色の作業を繰り返す中で起きる現象からの発見を読み解き、素材や技術の探求を続けている。自然豊かな北陸の風景や、小さな自然を感じながら暮らし、伝統着色の仕事の傍ら、金工作家としても活動している。