異国の音楽を融合させた1300年のクラシック

明治天皇北陸巡幸の際の演奏に使われた楽太鼓

「蘭陵王(らんりょうおう)」の面と装束。この装束、車が何台も買えるほど高価なものだそう

2010年「洋遊会150周年公演」の萬歳楽。中央左で篳篥(ひちりき)を吹く上野さん

上野さんが会長を務める洋遊会は、150年以上の歴史を持つ民間の雅楽団体です。

福岡町の雅楽は、市指定の無形文化財であり、「洋遊会」の前身である「暢日連(ちょうにちれん)」が江戸末期の1861年に結成されたのが始まりと言われています。明治11年には明治天皇の北陸巡幸の際に雅楽を演奏し、大変喜ばれたという記録が町史に残っています。

「巡幸をきっかけに暢日蓮の活動もいっそう盛んになり、大正8年には宮内省楽長から『洋遊会』という名前をいただきました。地元の有志だけで本格的な雅楽を演奏する団体は全国的にも珍しいんですよ。」

現在は音楽堂や神社等での公演を中心に活動している洋遊会。海外公演も多数あり、演奏だけではなく、舞楽という舞をあわせて披露しています。手刺繍などの技巧を凝らした装束は驚くほど高価なものですが、洋遊会ではさまざま演目に対応する20領以上もの装束を所有。それが可能だったのは、菅笠の生産で蓄えた富があったから、と上野さんは話します。

「私の家も、もとは菅笠問屋でした。幕末から明治にかけて、福岡町で生産される菅笠といえば今でいうハイブランドのバッグのような人気で、飛ぶように売れたそうですよ。そうした歴史背景があって、洋遊会は今日まで本格的な活動を続けてくることができました。」

上野さんが雅楽を始めたのは大学生のころ。東京の大学に進学し、管弦楽団でホルンを担当していたところ、だんだんと「日本のものがやりたい」と思うように。洋遊会とは別に、東京の雅楽団体にも所属し、活動を始めました。

そのまま東京で就職、関東を拠点に活動していましたが、平成8年ごろから洋遊会での活動が活発になり、平成12年にはイギリスでの公演に参加。洋遊会の活動に本腰を入れるため職場も変えて福岡町に帰郷、洋遊会の会長に就任しました。

「雅楽千三百年のクラシック」という著書も出版されている上野さん。演奏はもちろん雅楽にまつわる知識も豊富で、都内での演奏会で雅楽の解説を頼まれることもよくあるそうです。

「1300年という数字は文献に『雅楽』という言葉が書かれたときから数えたもので、それ以前から伝わっていたものはありました。朝鮮半島、唐、林邑(ベトナム)、天竺(インド)、それから婆理(バリ)、度羅(トラ:東南アジアか中央アジアの何処かで、定説はなし)。いろんな国から入ってきた音楽を宮中でまとめて、雅楽としたんです。」

「当時、音楽の力はものすごく重要でした。戦の舞なんかは、『これを輸入したからには戦に勝てるぞ』と、最先端の武器を輸入したような感覚でした。それだけ音楽の力が信じられていましたから、宮中で完全なものに仕上げる必要があったんだろうと思います。」

一方、富山では、ながらく浄土真宗寺院における仏事のために雅楽が演奏されてきました。

「雅楽は仏教と一緒にシルクロードを伝わってきたものですから、もとは仏教と馴染みが深いんです。雅楽は様々な国の音楽を統合してつくられた、お寺でも神社でも演奏されてきた柔軟なもの。明治時代には西洋の音楽に馴染めるようにと、雅楽の楽師たちが西洋音階を学ぶための唱歌をたくさん作曲したんですよ。」

「私は“最近の若いものはなってない”とは全く思わないんですね。情報技術が発達してくるなかで、身体的にも知的にも、優れた若い人がたくさん出てきています。そうした次世代に、雅楽を継いでいってもらうことを期待しています。」

※肩書は取材当時のものです

洋遊会

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雅楽資料展示分室(雅楽の館)

住所:〒939-0111高岡市福岡町福岡1208

TEL・FAX 0766-64-0390

https://www.city.takaoka.toyama.jp/syoubun/kanko/bunka/shisetsu/gagaku.html

 

上野慶夫 / UENO YOSHIO

洋遊会会長

【Profile】

富山県福岡町(現高岡市福岡町)生まれ。東京大学在学中に「洋遊会」と「小野雅楽会」に所属。宮内庁楽部の東儀和太郎氏、大窪永夫氏等に雅楽を師事。2003年より洋遊会会長。著書に『雅楽千三百年のクラシック』(富山新聞社)。