「釜にお湯を沸かす音が、なんとも良い音なんです。泡がぽっと浮いてはすっと消えながら湧いてくるような音がね。お茶の世界では『松風(まつかぜ)の音』と呼ぶ、あの音を聞いていると、何とも心休まります。自分が好きな『この瞬間』『この感覚』を深めていくと、お茶はもっと楽しいし、いろんなことが見えてくると思うんです。」
そう話すのは、茶道裏千家淡交会(ちゃどううらせんけたんこうかい)・高岡支部長の在田吉保さん。建材業を営む一方で、お茶の先生方のサポート、京都から家元を呼んで行う研究会の実施など、淡交会・高岡支部としての活動を行っています。
在田家は代々お茶を熱心に嗜(たし)なんできた家系。4代前の当主は斎号(さいごう)と庵号(あんごう)の両方を賜るなど、京都の家元から深く尊重されていた人物でした。
「4代前は道具屋甚兵衛といって、刀鍛冶にはじまる鍛冶屋、地域の道具屋をやっていました。昔は茶道を嗜むのはほとんどが男性で、お茶は旦那衆の商売道具、必ず要る教養だったんです。」
北陸における茶道の普及にも尽力してきた在田家。昭和15年に淡交会ができてからは、幹事長、支部長など重要な役職をつとめ、地域における茶道の発展を支えてきました。
「小さい頃から祖父が先生方を指導するのを見てきたので、お茶には好き嫌い以上の親しみがあります。私が今でもよく覚えているのは、誰もいないときに座敷に寝転ぶ心地良さ。正月には祖父も父もお茶をたててくれて、その時のお湯の沸く音がなんとも正月らしい、心休まる良いときでした。」
「自分が感じるおもしろさを大事にしながら、あなたはどう思う?と人とわかちあうことでもっと楽しくなるのが茶の湯です。その歓びを伝えるために、お茶をする人をもっと増やしたいなあと思いますね。」
お茶の活動には、保育園や幼稚園、大学でお茶に触れるきっかけをつくる学校茶道や、淡交会青年部の活動、青年会議所の同好会としての茶道などがあります。淡交会高岡青年部は、茶碗作り、竹細工、和菓子づくりなどお茶文化に親しんだり、立山の登山者にお茶を振る舞う茶会など、活発に活動しています。また政経人の男性がお茶を楽しむ、家元命名の「高岡又新(ゆうしん)会」があります。
お茶はどこに行っても触れることができる。気楽にもできるし、深めたければ探求もできる。在田さんはそうした機会をつくるため、様々な試みを精力的に行なっています。
「家元の指導方針に『茶の湯に出逢う、日本に出逢う、日本を知らない日本人のためのかけはしとなろう』というのがあります。海外に行った時に一番聞かれるのは育った街や日本の文化のこと。土着のものが国際的なものなんです。日本の文化を知ることで、あらためて自分たちの芯にあるものを知る。お茶に親しむことがそういったきっかけにもなればと思っています。」
※肩書は取材当時のものです