風格ある格子戸の家がずらりと並ぶ高岡市・福岡町。重厚なたたずまいの家屋をたずねると、着物姿に裸足の蓑さんが迎えてくれました。
福岡町芸術文化協会の会長であり、能楽「福岡宝生会」の代表である蓑さん。平成24年には、福岡町芸術文化協会の記念式典において、プロ(能楽師)ではないアマチュア(素人)の演者としては大変珍しい試みとして、全て素人の演者による半能(※1)「胡蝶」を企画し、薪能(※2)で演じられました。
能といえば豪華な衣装と能面、生きているものとそうでないもの、人と草木の精や天狗が交わる世界観…惹かれるものは感じながら、どうも難しそうなイメージがあります。
「最低限のあらすじは知っていないと、眠くなるでしょう笑。あとは何か感じ取るものがあれば、それでいいんです。変に知識がないほうが、受け取れるものは大きいと思いますよ」
福岡町は昔から能楽をはじめとする文化芸能が盛んな地域。蓑さんは謡(うたい)(※3)の先生であるご両親のもとで育ち、「一生できる趣味を」と、高校2年生の頃に能をはじめました。
「一生やるなら、めいっぱいジジむさいものがいいだろうと笑。あとは当時、私の一生の師となる宝生流の能楽師で重要無形文化財保持者、大坪喜美雄(おおつぼきみお)さんが、素人に教える実習をするため両親のところに修行にきていたんです。当時大坪さんは東京藝大の邦楽科生で、私と同世代の若者でした。そんな年の近い人が着物をきて謡をする姿が、ものすごく格好良くてねえ。がーんと圧倒されました」
以来、蓑さんは今日まで数十年に渡り、ご自身の修練を続けてこられました。同時に、福岡町芸術文化協会では、次世代育成のための様々な活動をされています。
小中高の各学校への伝統芸能出前講座や、能楽にお琴、茶道、日本舞踊をたのしむ幼児から小学生向けの文化少年団の結成などのほか、福岡高校に働きかけて能楽クラブをつくったこともありました。
だからこそ、蓑さんは文化の伝承について、強い危機感を感じているといいます。
「正直、能をはじめとするあらゆる日本の伝統文化は廃れると思います。思いつくことはすべてやってきましたが、どうも若い人に伝わっていかない。進学に関係しないものには価値を見出さない学校教育であったり、社会の価値観の在り方も大きいでしょう。しかし真の国際人を育てるには、自分たちの文化への理解が必須です。英語はあくまでもツールでしかない。実際に外国の社交の場に出れば、日本文化への造詣が求められることはわかるはずなんですが」
外の世界に触れる機会が少ないうちは、自国の文化やこの土地にあるものの良さに気づきにくい。しかし私たちが日本文化の魅力を知ることが、これからの国際社会において大切なことであると感じました。
「能の魅力は、若いうちには絶対に到達できない境地があることです。やってもやっても奥があり、簡単には体得できない。そのうちに、身体の機能は衰え、たとえば面をつけてその場で回ることも難しくなっていきます。でもね、そうなってはじめて、滲みでるものがあるんですよ。それはいくら才能があっても、若者にはできません。シュッと動けてはできない、修練を積み重ね、枯れてはじめて表現できる高みがあるんです」
「べつに、能でなくてもいいんですよ。ただ、芸が自分自身を支えてくれることがあるはずです。一人一芸。これからの人には、そういうものを身につけていってほしいと思いますね」
※1.「半能」・・・能の略式上演方式のひとつで、前場(前半)の大部分を省略し、主に後場(後半)だけを演じる形式
※2.「薪(たきぎ)能」・・・主に夏場の夜間、特別に設置された能舞台の周囲にかがり火を焚き、その中で演じる能のこと
※3.「謡(うたい)」・・・能の声楽(言葉・台詞)にあたる部分のこと
※肩書は取材当時のものです