高岡開町以来の商人町として、土蔵造りの伝統的建造物が並ぶ山町筋。その一角にあるお店「Craftan(クラフタン)」は、昆布締めのほか、日本酒やクラフトビールなど、良質な日本のお酒を取り揃えたお店です。昆布締めといえば、富山の伝統的な魚の保存方法として富山の各家庭でおなじみの食べ物ですが、昆布締めにフィーチャーしたお店は、県内でも今までにありそうでなかったコンセプト。魚だけでなく、肉や野菜、豆腐やキノコなどいろいろな食材の昆布締めや、昆布を活かしたオリジナル料理を提供し、人気を得ています。この店をつくった竹中志光さんは、もともと内装の仕事(TM工房)が本業。現在は、それぞれに携わる職人やスタッフを信頼して任せながら、2つの仕事をマネジメントしています。
■開店約3年前から心に蒔かれていたタネ
それにしても、内装会社を営む竹中さんがお店をつくるに至ったきっかけは何だったのでしょうか。そのアイディアは、2017年の開店から約3年前に遡ります。高岡商工会議所青年部の産業観光委員会の一員として、皆で新しい観光ルートを考えていたときのこと。「食」のチームに入った竹中さんは、そこで高岡市民に親しまれている郷土料理「昆布締め」に目をつけました。富山県は日本でもトップクラスの昆布消費量を誇り、富山県民に根付く昆布の食文化は、江戸期の北前船交易に遡る、歴史あるものです。地元の人々にすごく身近である一方で、意外と「昆布締め」自体の発信はまだまだ多くない。
竹中さんは当時を振り返ってこう話します。「それで、昆布締めをテーマにした高岡市内の観光ルートを提案したのですが、よく考えたら昆布締めのお店ってないよね、なんでだろう、と。でも、これはすごく面白そうだし、楽しそうだし。そのときにお店出そうかな、って手を挙げたんです。でも、そのときはまだ、いつかチャンスがあったら・・・という、ふわふわした気持ちでした」。
■「もっと何かやりたい」との想いで行動する日々
もともと竹中さんの頭のなかにはずっと、「もっとまちのために何かしたい!」という漠然とした想いがありました。何がいいんだろう、どうすればいいんだろうと悩みながら、パネルディスカッションや講演会の場に出かけては、「これだ!」というきっかけがつかめずにまた、もやもやする日々。
「いい話を聴いて、その場ではすごくいい話やったな、と思っても、その会場を出てしまうとそこで終わりで。結局何も行動していなくて、それはやっぱり違うな、行動してなんぼやな、と思ったんです。そこで出会ったのが、高岡駅前のウィング・ウィング高岡で開催された『カマコン』でした」。
「カマコン」(http://kamacon.com/)とは鎌倉で始まったムーブメントで、肩書きや立場を超え、地元を熱くしていきたい人を全力で支援する団体です。プレゼンターが自分のやりたいことや困っていることを発表し、それに対して参加者全員でブレストし、アイディアをたくさん出し合い、他人ごとではなく自分ごとととらえて主体性を持ってプロジェクトに関わっていこう、という活動を行っています。
それは「昆布締めのお店を出したいな」という構想が生まれてから約1年後のことでした。「この『カマコン』のような活動を高岡でも続けていきたいね」と、一緒に体験した仲間と3人で「タカポケ」という活動をスタート。それをきっかけに、竹中さんは行動の幅を大きく広げていきました。参加者のプレゼンを応援したり、自分でもプレゼンターとして登壇したり。
その変化を、竹中さんはこう語ります。「自分もタカポケの仲間と一緒に活動し、みんなの応援をしているうちに、自分も何かもっともっと、色んなことをやりたいなという想いが強くなってきたのです。これだけ仲間がいると、きっと大丈夫だ、何とかなるだろうと自分自身も勇気をもらって、一歩を踏み出すことができたんです」。
■夢の実現、そして思いがけないハードル
こんなことがしたい、あんなことをしてみたい、と構想を人に話す竹中さんのもとに、あるときチャンスが訪れます。それは、歴史的な洋風建築を改装し、新しくオープンした山町筋の商業施設「山町ヴァレー」に、テナントとしてお店を出さないか、という提案でした。
もちろん、新たな業界への挑戦に不安がなかったわけではなかったといいます。「『そんな畑違いの仕事に手を出してもうまくいくわけがない、飲食店をナメんな!』という声も多く聞きました。でも、自分はとにかく後悔したくなくて。10年後、20年後に、お酒を飲みながら『あんときお店出しとれば今ごろ・・・』と愚痴る人生は嫌だったんです。でもやっぱり挑戦できたのは、応援してくれた仲間がいるというのが大きいですね」。
自分の発想と提供できる価値を信じ、念願のお店がオープンしたのは2018年9月のこと。店名の「クラフタン」は「クラフト(伝統工芸、職人技、手作りの品)&○○○」という意味をもち、日本のよき文化・伝統を学び、職人さんのようなこだわりを持った店にしたい、という想いを込めました。
こだわりは食の部分だけなく、器にも。高岡にゆかりのある職人・作家による皿・器のほか、昆布型のオリジナル皿、鍛金作家である伯母に習って自作した銅の皿など、クラフタンならではの器で食事が楽しめます。また、「&○○○」の部分では、落語会や音楽ライブ、味噌作り体験や映画の上映会など、ほぼ毎月なにかしらのイベントも実施し、まちの賑わいを作り出しています。
それでも最初から順風満帆だったわけではありません。もともと店を任せる予定だった方が来られなくなり、新しい人を連れてくるか、白紙に戻すか、と問われる事態に。そこで、「どっちも嫌だ、俺がやる!」と自分で自ら料理することを決断。もともと料理が嫌いではなく、母がよく作ってくれた昆布締めを思い出したり、料理のコンサルタントの先生にも指導を受けたり、そのほか多くの仲間の助けや色んな人の知恵を借りながら自ら調理場に立ち、乗り切ってきました。
そして、料理教室の先生をされている方がスタッフに加わって料理の幅や深みが広がり、その後には新たに店を任せられる人も後々見つかり、今は順調に店舗を運営しています。「多くの方の助けに、本当に感謝しています。腹をくくってやる気になれば、何でもできるんだなと思いました。途中でくじけそうになったときも、諦めずに続けてきて本当に良かったなという実感と、結構大変なことをやったな、我ながらようやったな、と自分を褒めてあげたい気持ちです」。開店から無事1年が過ぎ、竹中さんはしみじみとこう語ってくれました。
■昆布の素晴らしさを、多くの人に伝えたい
「お店をやり始めて感じたのは、昆布ってすごいなっていうこと。最初は、昆布締めのお店ってないよな、という表面的なことだけで入ったけど、自分でも実際料理を作っているうちに、昆布って可能性に溢れているな、と思うようになりました」。お店のスタートアップ時期を乗り越え、竹中さんは今、富山に根付く伝統的な食文化である昆布のことを、もっと次世代に伝えていきたいと考えています。
その理由は、ただ昆布の魅力によるものだけでなく、昆布締めを自分で作らない若い人が増えている、と知っての危機感からでした。「郷土料理というからには、やっぱり家庭に根付いてこそですよね。それが若い世代に受け継がれていないというのはちょっと危険だと感じていて。このままいくと、本当にせっかく長く続いた伝統や文化というのが、途絶えてしまうのではと危惧しているんです」。
竹中さんはすでに、昆布締めのワークショップや、出汁(だし)の勉強会のほか、高岡市内の昆布店を訪ね、実際に昆布を削ってみるワークショップなども企画し始め、手応えを感じています。「昆布締めもやってみると簡単なので『これなら家でもやってみよう』という参加者が結構いましたね。それから、手で削っている昆布店は、高岡にはもう2軒しかないんです。そこを見学したりワークショップを行ったりすることは、実際楽しく勉強になりますし、何よりもそういった技術を残し、頑張っておられる地元の方の応援にもつながります」。
小さな構想を周りの人に発信し、深めていったことで、仲間やアイディアが次々と広がり、まちの賑わいだけでなく、地域の食文化や伝統技術の発信・継承にも寄与することに繋がりつつある竹中さんの展開。その挑戦の姿や言葉は、「こんなことを思いついたけど、自分にはできるかな?」と思う人の背中をそっと押してくれる力となりそうです。
「あの時ああしておけばよかった、あそこに行っておけばよかった、と思ってもその時間は二度と帰ってこない。だから、実際やってみる、そこに行ってみるというのが大事です。もし進んでみてイメージと違ったとしても、その経験を生かして、それじゃあ今度はこっちに行ってみようかと、さらに前に進めるんですよ」。